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三沢光晴

(6/13エントリ分)
試合中にバックドロップで頭打って病院送られて亡くなったとのこと。

自分がプロレス好きになるきっかけの選手の突然の訃報に言葉もありません。
とりあえず駒沢の話やら何やらはまた明日以降で。


ご冥福をお祈りいたします。

---

(6/15追記)

初めて三沢を知ったのは小学校5年生くらいのことだったと思います。
学年全体で男子が8人しかいない(実話)うちの学年で空前のプロレスブームが起こってました。
雪の中ではパワーボム、友達の家に集まってファイプロ。
その中でいつしか福澤氏の「ぷぷぷ、プロレス、ニュ~ス」(後に「プラス1」)を見て、そのまま流れで全日見て、三沢を知ったわけです。

考えてみたら、ビッグタイトルがかかってない試合では大技を繰り出さない選手でした。
三沢の一番のフィニッシュホールドはエメラルド・フロウジョンだと思う(タイガードライバー91だって人もいるでしょう)んですが、タイトルマッチの終盤じゃないとお目にかかれない技でした。
この辺り、小橋(バーニングハンマー)や秋山(エクスプロイダー)、高山(エベレストジャーマン)とは明らかに違う点でした。それだけ引き出しの多い、懐が広いレスラーだったんだと思います。

後年NOAHでエメラルド・フロウジョンをかましていた相手は、自分の中ではなぜか秋山準しか印象に残っていません。(本当になぜでしょうね)
ジュニアの小川良成とタッグを組んででかい選手相手にGHCタッグを戦う姿は、プロレスってすげーなぁ、と思うに充分足るものでした。

小学生の頃のプロレスブームが過ぎ、大学生になってからNOAHを見始め、またいつしかプロレスを見なくなっていったわけなんですが、13日に駒沢から帰って「さて東京勝ったししょうがないスパサカでも見てやるか」と思ったところでTBSのアナウンサーが突然訃報を伝えたわけです。

絶句しました。

バックドロップで受身取り損ねて頭を打った?
三沢に限って、そんなことあり得ないだろうに?
だって三沢ですよ?
(バックドロップは昔からある技なので、受身の取り方も物凄く研究されてます。まして急角度で叩き落すことはフィニッシュにしない限りは基本的にないので、レスラーが受身を取り損ねることはほとんどないはず)

でも、翌日になっても翌々日になっても、ゾンビが息を吹き返したという報道は聞こえてきませんでした。

プロレスラーなんだからリングの上で死ねて本望だったろう、と言う方もいるかも知れません。
でも自分としては、いやそんな訳ないだろう、志半ばで斃れて無念だ、と思ってるに違いない、と思ってしまうわけです。
NTVのザ・サンデーで徳光氏が言っていたことと全く同じです。

でも、もう三沢にできることは天国から見守ることだけ。
馬場さんと鶴田と冬木にはきっと「お前はまだ来るのが早すぎるんだよ!」と怒鳴られていると思います。

社長業と選手の兼務は、きっと激務だったんでしょう。
ひとまずは怒鳴られながら、ゆっくり休んで、今後のプロレス界を見守ってほしいと思わずにはいられません。

偉大なるレスラーよ、ありがとう。

合掌

コメント

No title

思えば、エメフロを初めて出した相手も秋山でしたね。
あの三冠戦で、四天王の一歩後ろだった秋山の格がぐっと上がったことを覚えています。
相手の技を受けきり、さらに格まで上げた上で勝つ。これが、三沢の王道プロレスでした。
今は多くを語る言葉もありませんが、ボクらの世代は一番いい時期を過ごせていたんだなぁとしみじみ思います。
だがらこそ辛いのだけど、本当に幸せだったと、そう思います。
「ありがとう」
こんなありきたりな一言しか言葉できないことが歯がゆくもありますが…。涙は追悼興行までとっておきます。

No title

>>プリンさま
プロレスって一方的な試合になってしまうと全く面白くないわけで、その中で三沢は「選手の格を高められるレスラー」として出色の存在だったんですよね。
追悼興行に行けるのは羨ましいです。これからもNOAHには三沢イズムを継承していってもらいたいもんです。

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